News

期待インフレ安定の落とし穴

2022-01-13

■ 金利上昇が進行するなかでも、中長期的な期待インフレ率の上昇には歯止めが掛かりつつある。

■ 期待インフレ率の安定に伴って実質金利が上昇しており、景気抑制効果が強まりやすい。


   米金融引き締めへの警戒感が強まり、米国を中心に世界的に金利上昇が進行している。足元の金利上昇は、短中期金利主導で進行し、中長期的な期待インフレ率の上昇に歯止めが掛かりつつあるなかで生じているのが特徴である。前者については、金融政策姿勢が緩和から引き締めへ転換し、今後数年に渡って金融引き締めが実施されることを織り込む動きと整理できる。ただ、後者については、経済活動再開への期待やインフレ懸念に起因して生じた前年2-3月や9-11月の金利上昇局面とはやや様相が異なる。期待インフレ率の安定に伴って期間5年以降の実質金利(国債利回り-期待インフレ率)も急上昇しており、やや注意を要する。

   金融市場では大半の取引が物価変動に関わらず額面ベースで行われるため、名目金利(国債利回りなど金利水準)に基づいて価格形成が行われる。一方、実体経済では、消費、投資などに物価変動が内包されるため、物価変動を除いた実質金利の方が経済活動により強く影響する*1。

   昨年来、期待インフレ率の上昇により、名目金利が上昇するなかでも実質金利は低位で安定してきたため、実体経済に対する金融引き締め効果は限られていた。足元では実質金利の上昇が進行し始めており、実体経済に対する金融引き締め効果はこれまでよりも強まり得る。実質金利の上昇が促されるのは、主に期待インフレ率を上回るペースで金利上昇が進行する場合と、金利低下よりも大幅な物価下落が続く場合に大別される。後者は、デフレスパイラルとして、日本で過去20年余り懸念されてきた事象である。足元では前者の現象が生じつつあり、米連邦準備理事会(FRB)がインフレ抑制姿勢を強め、金融引き締めを進めることは、名目金利に加えて実質金利の上昇にも寄与する可能性が高い。前年に進行した原材料価格高騰の影響は今後徐々に剥落することが見込まれるなど、期待インフレ率は次第に均衡水準へ収束することが期待されている。FRBのインフレ抑制策が奏功するほど物価安定に向かう可能性は高まるが、同時に、名目金利の上昇と期待インフレ率の低下の組み合わせは、実質金利に対して大幅な上昇圧力が加わることを意味している。物価が比較的安定していた前回の利上げ局面よりも景気抑制効果が強まりやすい点は注意が求められる。

*1 マクロ経済学のIS–LMモデルでは、財市場と貨幣市場の均衡は「IS曲線:Y=C(Y)+I(r)+G」、「LM曲線:M=L(PY,i)」とそれぞれ表現され、実質金利(r)、名目金利(i)が明確に区別される
TOP